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ドクター中松義郎様 お見舞い申し上げます。 [心構え]

ドクター中松義郎様 お見舞い申し上げます。

 ドクター中松義郎様 お見舞い申し上げます。約10年くらい前でした。中松様の事務所を面接試験のために、伺ったことがあります。その時は、私が立体製図が描けることに、ご熱心でした。

 大変多くのことををご存知なので、自分のことを言う機会は少なく、学者の雰囲気で、自分の考えかたに、相当な執念があり、許容される要素が無いと判断して、辞退させていただきました。

 お会いし、お話した有名人では、青年の心を持ち、常に、あらゆることを「発明」に特化して行動されていて、実行されていて、尊敬できる方です。経歴にありますように、大方アメリカのほうを注視されていて、お仲間も数多くいて、敬愛されている方です。

 事務所では、発明品の数々が、いたるところに置いてあり、商品説明を添えて展示されていました。多くの方が、来客されるのでしょう。広くて、整然として、研究所のように感じました。

 86歳の誕生日を迎えた26日、都内で会見し、前立腺導管がんであることを公表した。昨年末に余命2年と宣告されたという。前例の少ないがんで、治療法も見つかってないという。、

 この後のフレーズがまた凄いので、ここに書留めます。
「自分自身の体を使って、がんの新治療法を完成せにゃいかん。僕の最後の発明にする。」と、病と向き合う覚悟を示した。病も発明のネタになっている。

 皆さんへの、プレゼントは、もっと発明して、死なない人間になってほしいと願っています。良い治療に、出会えますように祈念しております。


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デイリースポーツ 6月27日(金)6時58分配信より、
ドクター・中松氏がん公表…余命1年半「144歳までは生きるとまい進してた…」

 お祝い気分に包まれるはずのバースデーに、衝撃報告が飛び出した。白衣にミッキーマウス柄のちょうネクタイで登壇した中松氏は、「今日は特別な話をしたいと思ってます。悪性がんで、専門の医者から『生きるのは来年の年末まで』と言われました」と切り出した。

 7度目となった都知事選への、出馬表明後の昨年12月、健康診断を受けて「体の一部の細胞も検査した」結果、前立腺導管がんが見つかったという。余命宣告をされた心境を、「大変なショックです。健康には注意して、144歳までは生きるとまい進してたので」とジョーク交じりに打ち明けた。

 中松氏によると、国内での治療実績がほとんどないがんだというが、「治療法がないのなら、手術したってしょうがないし、自分で発明するしかない。私自身の体を使って、前人未到の研究をやっていく」と前向きに宣言。「来年死ぬという医者の予測をくつがえす発明をして、ルーズベルトゲームで、8対7で勝ちます」と、発明家魂を燃やした。

 がんの新治療法の発明以外にも、「次世代乗り物発明」や「後生への発明法の伝授」など、残された人生での5大目標を発表。命のリミットを告げられた86歳とは思えないほど、中松氏の言葉は熱を帯びていた。
 
デイリースポーツ 6月27日(金)6時58分配信より、
ドクター・中松氏がん公表…余命1年半「144歳までは生きるとまい進してた…」


 


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